そうか、太郎冠者が太郎冠者であるのは自分が太郎冠者であることを太郎冠者本人が否定してるからなのか、と。
いや、ここは本質じゃないんだけど、まあ、こういう本質じゃないところが楽しくて、最後までスムーズに読み進めることができました。
それは、太郎冠者が主人を内心では侮っているために、自分より愚鈍であるはずの主人に自分の下心が見抜かれているという可能性を認めるわけにゆかなかったからです。主人は自分より愚鈍であって「欲しい」という太郎冠者の「欲望」が、怜悧な彼の目をそこだけ曇らせたのです。こうして、「『太郎冠者が何ものであるかを主人は知っている』ということを太郎冠者は知らない」という構造的無知が成立することになります。これが「抑圧」という機制の魔術的な仕掛けです。
- 作者: 内田樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2002/06
- メディア: 新書
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