- 作者: 夢野久作
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/12/25
- メディア: 文庫
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面白かった。古い小説(解説によると昭和六〜七年)なのだけど読み直しすることもなく素直に文章が入ってきた。物語としては、男親のことや天沢老人とそのお嬢さんのことや、色々と消化不良なのだけど、それでも面白かった。全体に胡散臭い話の中に要所で綺麗なことをサラリとはさむのが上手い。
(略)吾輩自身はもちろんのこと男親も嬉しくて嬉しくてたまらなかったらしい。その御褒美の意味でコンナことをしたらしいので、吾輩も、その蒲鉾や、干魚(ひもの)の一片(ひときれ)を貰った翌(あく)る日は、前の日に倍して一生懸命に踊ったものであった。しかも女親から分けてもらった御本尊の飯の方はチットモ有難くなくて、男親が投げてくれた蒲鉾の喰いさしの方がピーンとこたえるなんて、随分勝手な話だが、人間というのは元来ソンナ風なカラクリにできているものらしい。特に吾輩はソンナ種類の電気に感じ易く生れついているのだから仕方がなかろう。(p.34)
「何で笑うのケエ。わてから負けるのが何でおかしいケエ」
と女親はイヨイヨ気色ばんで赤い座布団を引き退けた。
「アハアハアハ」
と男親はやはり恐れ気もなく笑い続けた。
「モウ八年も負け続けとるやないか。どないな人間でも大概飽きるがな」
そういう男親の眼には薄い涙が滲んで見えた。吾輩にはそうした男親の気持ちがよくわかったように思えた。(p.144)
吾輩はばかばかしくなってきた。親でなしであろうが、人でなしであろうが、長年一所に暮らしてきた父さんと母さんがどこへいったかわからないとなれば、誰でも心配するにきまっている。極めて自然な、当り前のことでしかないのだ。(p.211)
あと、小便の美しい描写にも共感。
自分でもまだかまだかと思うくらい気持よく、あとからあとから迸(ほとばし)り出る。それが月の光に透きとおって銀色の滝のように草の葉に落ちかかって、キラキラと八方に乱れ散るそのおもしろさ……美しさ……。(p.317)