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脳に刻まれたモラルの起源

脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか (岩波科学ライブラリー)

脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか (岩波科学ライブラリー)


おいらは功利主義よりも義務論主義を優先してるんだろうな、と思った。

他者と触れ合わないですむような現代の人間同士のコミュニケーションを、もっと豊かなものに改善するためには、遠距離でも身体的接触を可能とするような技術が、今後役に立つ可能性がある。たとえ、それがバーチャルな接触であったとしても、脳を錯覚させるのに十分であれば、オキシトシンの分泌は促進され、信頼関係も気づかないうちに強くなるかもしれない。(p.53)

理屈は分かるけど実際にここまで書いてしまうのがすごい。勇気あるなあ。

この罰則のルールが加えられることで、参加者たちはより多くの金額を公共財に投資するようになり、結果的には参加者全員の利益が高くなった。
(略)
しかし、罰を下した本人は、社会をよくするためにしぶしぶ自分のお金を犠牲にして社会貢献をしているのではない。フリーライダーを自分のお金を減らしてでも罰したいという気持ちの根源にあるのは、「怒り」という感情である。(略)
普段、怒りという感情はないほうがよいと考えがちであるが、社会の中に怒る人がいるというのは案外重要なことのようだ。(p.71)

なるほど、と思う一方で、おいらは怒りはなくすべきと信じてるので、自分の道徳の基盤が揺らぐ。

また、ソーシャルキャピタルでは、当事者ではない周りの人の幸福度にもポジティブな影響を与える。自分が社会との充実した関係を持つことで、その周りの人も幸せになれる。これは経済学の用語では「正の外因性」と呼ばれる。一方、物質的な富(フィジカルキャピタル)には逆の効果、「負の外因性」がある。自分の収入が上がると、周りの人の幸福度が下がる。というのは、お金は社会においては相対的にしか価値を持たず、一人の収入が上がると、周りの人は相対的に収入が下がったように感じてしまうからである。(p.88)

確かにその通りです。今までソーシャルキャピタルを捨て続ける人生だったので、断言されると少しつらい。

いろいろと自分の生きかたを見直してしまった。